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大阪高等裁判所 昭和51年(う)504号 判決 1977年11月17日

本店所在地

大阪市北区豊島町四番地

新日本不動産株式会社

右代表者代表取締役

小原四郎

右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和五〇年五月二九日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、被告人代表者小原四郎から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 杉本金三 出席

主文

本件控訴を棄却する。

当審の訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人青木英五郎、同澤田脩共同作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点(訴訟手続の法令違反)について。

論旨は、まず、原審が、小原孝二の検察官に対する供述調書四通を刑事訴訟法三二一条一項二号によって採用したことを訴訟手続の法令違反として、非難するものである。

そこで、所論にかんがみ記録を調査検討すると、小原孝二は、本件事件当時被告人会社の代表者として本件に関与し、ために本件被疑者として逮捕勾留のうえ取調べを受け、所論の前記調書が作成されたこと、その後釈放され昭和四三年一二月二日被告人会社とともに共同被告人として本件につき起訴されたが、同四六年七月三日死亡し、公訴棄却の決定がなされたことが認められる。したがって、小原孝二は、その生前、被告人会社の代表者ではあっても、被告人会社そのものではなく、被告人会社との関係ではあくまでもこれと別個独立の人格として取扱わるべき筋合であるから同人の検察官調書は、これを刑事訴訟法上被告人会社との関係で、被告人以外の者の供述を録取した書面と解すべきであって、これを同法三二一条一項二号に基づき採用した原審の処置は相当である。

つぎに所論は、右供述調書四通の任意性を争うので、この点につき記録を調査検討するに、原審において右供述調書四通の取調べ請求があった際には何らその任意性が争われていなかったのに、原審がこれを刑事訴訟法三二一条一項二号の書面として取調べた後になってから、弁護人が右調書の任意性を争うに至ったものであるが、所論に添う原審証人小原淳子の証言や被告人会社の現代表者小原四郎の原審における供述はいずれも同人らの小原孝二との身分関係その他諸般の事情に照らしにわかに措信できず、かえって当時の小原孝二の地位、身分、右各供述調書の形式、その作成時期、及びその供述内容、その他、関係証拠により認められる諸般の事情を綜合すると、原審が右各供述調書につき任意性を認め、これを証拠としたことに所論の違法はない。

控訴趣意第二点(事実誤認)について。

論旨は、要するに、原判決が、近江絹糸株二〇〇万株の売買価額を一億九〇〇〇万円、その売買益の計上時期を昭和四三年四月期としたのは、事実の誤認であると主張する。

しかしながら、所論にかんがみ記録を調査検討すると、原判決挙示の証拠関係によって原判示事実は所論の点を含め優にこれを肯認することができるのである。即ち、右証拠関係によると、被告人会社と日本レーヨン株式会社との間で被告人会社所有の本件近江絹糸株式二〇〇万株の売買について昭和四二年一二月頃から交渉が進められたが、その単価につき小原孝二は終始一〇〇円以上を主張して譲らず、日本レーヨン側は当初七五円、ついで九〇円を主張したが、結局同四三年二月二〇日頃九五円ということで合意に達したこと(日本レーヨン側は、当初から、既に取得した四〇〇万株と合わせ平均株価八〇円以下、したがって本件株式の単価が九六円以下なら購入するつもりでいた。)、その際小原の要請で右株価九五円の内七五円(計一億五〇〇〇万円)を表向きの株価とし、残二〇円(計四〇〇〇万円)を小原が経営する株式会社新日本新聞社、株式会社ラジオ日本新聞社の発行する週刊紙「新日本新聞」「ラジオテレビ日本」への広告費として決済することに取決めたこと(表向きの株価を七五円と低く表示することは、日本レーヨン側も株主総会対策上得策と考え右要請に応じた。)、同月二三日右経緯から価額を一億五〇〇〇万円とする有価証券売買契約書が作成され、広告費四〇〇〇万円を含む一億八〇〇〇万円(尚、一〇〇〇万円は日本レーヨン側より既に昭和四二年一二月二九日に右内金として小切手で支払済。)の小切手が支払われ(内一億四〇〇〇万円が被告人会社宛に、内各二〇〇〇万円宛が前記新日本新聞社宛とラジオ日本新聞社宛に。)、同日近江絹糸株二〇〇万株の引渡しがなされたこと、被告人会社は右代金受領を仮受として処理するとともに、小原から日本レーヨンへ仮払処理を要請したが、日本レーヨン側は取引が完結しているとしてこの要請を拒否したこと、その後の同四三年三月か四月に日本レーヨンの担当者と小原の指示を受けたラジオ日本新聞社従業員住友房子との間で、日本レーヨンと右二新聞社の広告契約書が取交わされ、二〇ケ月間前記二週刊紙に日本レーヨンの広告記事を掲載すること、広告料は一紙につき月一〇〇万円で二〇ケ月分各二〇〇〇万円を前払いすることが決められ、その広告記事掲載は実行されていたこと、日本レーヨン側は右四〇〇〇万円を一応広告費として処理してはいるが、通常の広告費の総予算の枠外からこれを支出したこと、従前日本レーヨンは「新日本新聞」に広告を出したことはなく、「ラジオテレビ日本」に月三万ないし五万円程度の広告を料金後払いで出していただけであること、したがって、日本レーヨンが右二週刊紙に月々一〇〇万円宛二〇ケ月分計四〇〇〇万円もの広告を、しかも全額一括前払いという方法によって行うのは極めて異例であったこと、右各二〇〇〇万円の広告料は新日本新聞社とラジオ日本新聞社へ入金となったが、小原孝二の指示でその直後の同年二月二九日その全額が被告人会社へ新築ビル協力金として仮払処理され、被告人会社の当座預金に入金処理されるに至ったこと、被告人会社、新日本新聞社、ラジオ日本新聞社などは法人としては一応別個のものではあるが、実体はそれらの代表者であり大半の株式を所有する小原孝二そのものであり、従業員の職務内容にも区別なく(本件当時被告人会社の従業員は零。)前記一億九〇〇〇万円に関する右三社の経理上の処理も小原孝二の指示で「ラジオ日本新聞社」従業員住友房子が殆んど一人で行っていたこと、の各事実が認められる。

右認定事実によると前示広告契約書による広告料四〇〇〇万円の前払いというのは、広告料名下に作為された仮装経理というべきであって、その実質は前記株式二〇〇万株の売買代金一億九〇〇〇万円の一部というべきであるし、又本件株式二〇〇万株の売買は、昭和四三年二月二三日の右株式の日本レーヨンへの引渡しと単価九五円による右代金合計一億九〇〇〇万円の被告人会社側への支払いとにより完結し、後に清算の観念を入れる余地がなかったのであるから、右株式の売買益は全額、同年四月末を以て終る被告人会社の事業年度に計上さるべきものであり、したがって右年度に確定申告すべきであったのである。そうすると、これと同趣旨の原判決の認定判断は相当であって、所論の違法はない。

尚、本件株式の配当金が後日日本レーヨンから被告人会社に支払われたことが認められるが、これも前記株式売買時に交わされた当事者間の約束に基づき、配当時の株式名義人である日本レーヨンに配当された配当金を被告人会社に交付したものにすぎないのであって、これがため株式二〇〇万株の売買が完結したこと自体が左右されるものではない。

所論は、又、被告人会社に対する青色申告取消処分、更正処分、重加算税賦課処分が取消されたことにより、被告人会社のした法人税確定申告が是認されたと主張する。しかし、関係証拠によると右処分が取消されたことは認められるが、それは、実体上右各処分が違法であることではなく、処分の理由付記を欠くという手続上の理由によるものであることが認められる。のみならず、行政庁の実体法上の判断によって司法裁判所の判断が拘束される筋合いのものではないから、この点の所論も採り得ない。

その他所論縷説の点を検討しても、原判決には所論の違法はない。

当審の事実調べの結果によっても以上の判断を左右するに足りず、論旨はいずれも理由がない。

尚、公訴権濫用の主張も亦前示認定の事実に徴し、到底採り得ない。

尚、職権をもって按ずるに原判決は「実質所得金額が六五三三万九六一七円であったのにかかわらず、…赤字で納付すべき法人税額は零である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、…法人税額二二八八万四八六五円を免れた」と認定したが、右脱税額二二八八万四八六五円とあるは正確には計数上(別紙のとおり)二一八三万四六〇〇円とすべきものであって、右はその算定を誤ったものと判断される。しかしながら、右誤りは、計数上の誤りである上その誤差の金額の程度(脱税額の五パーセント以下)から考え、未だ判決に影響を及ぼすこと明らかなものとは認められない。

よって、刑事訴訟法三九六条、一八一条一項本文により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西村哲夫 裁判官 野間禮二 裁判官 笹本忠男)

別紙

<1> 所得 六五、三三九、六一七円

<2> 右<1>のうち、三、〇〇〇、〇〇〇円に対する税額(税率二八パーセント) 八四〇、〇〇〇円

<3> 右<1>のうち、三、〇〇〇、〇〇〇円を超える分に対する税額(税率三五パーセント) 二一、八一八、六五〇円

(以上いずれも昭和四九年法律一六号による改正前の法人税法六六条による。)

<4> 右税額より控除すべき法人税法六八条の所得税の額 八二四、〇〇〇円

<5> 納付すべき法人税額

<2>と<3>の和より<4>を控除したもの 二一、八三四、六〇〇円

昭和五一年(う)第五〇四号

控訴趣意書

被告人 新日本不動産株式会社

右の者に対する法人税法違反被告事件はついて、左記のとおり控訴の趣意を述べる。

昭和五一年六月一〇日

右弁護人 青木英五郎

澤田脩

大阪高等裁判所第一刑事部 御中

第一、訴訟手続の法令違反

一、原判決は有罪事実認定の最も重要な証拠として、小原孝二の検察官に対する供述調書四通を証拠の標目の冒頭に、掲げている。右四通の供述調書は原審第一四回公判において刑事訴訟法三二一条一項二号書面として採用決定された。

二、ところで、右小原孝二は、被告人会社代表者であり、また行為者であるとして右会社とともに被告人本人として起訴されたものであるが、その後昭和四六年七月三日死亡した。従って、右小原孝二は本件では被告人会社代表者本人であると同時に被告人自身でもあったものであり、死亡したからとて、同人の供述調書が、被告人以外の者の供述調書となるわけではないから刑事訴訟法三二一条の適用を受けないものといわなければならない。

三、のみならず、右小原孝二の検察官に対する供述調書四通はいずれも、もともと証拠能力を欠くものである。

即ち、証人小原淳子の証言並びに被告人会社代表者小原四郎本人の供述によると、小原孝二は当時胃病と慢性蓄膿症に苦しみ、常に医師の治療を受けていた病身であったにかかわらず、昭和四三年一〇月八日逮捕され、引続き勾留されて約六〇日間も家族との面会さえ許されずに身柄を拘束された。右四通の検察官調書の作成日付は、同年一一月二三日、同月二五日、同月二七日、同月二九日であって、いずれも、右の身柄拘束期間中の最後のころにおける小原孝二が最も身心ともに疲労のどん底にあった時期に作成されたものである。しかも、小原孝二は検察官の取調に際し「もし自白しなかったならば、妻や娘をも逮捕する。更には小原孝二が経営する新聞社の幹部さえも逮捕するぞ」と脅迫され、やむなく不本意な自白調書を作成されたのである。保釈によってようやく釈放されたときの小原孝二の様子はやせ衰えて、みる影もなかったほどであった。

そもそも本件捜査は検察当局が小原孝二ならびにその経営する新日本新聞社等の会社に対し捜査の名に藉口して撤底的な打撃を与える意向をもって行われたとしか考えられない。証人高田正康の証言でも指摘されているとおり、仮に被告人会社がした本件の計理処理が税法上適切でないというならば、国税庁において査察部が調査のうえ、更正決定という方法によって是正されてしかるべきである。にもかかわらず、これをまたず、いきなり被告人会社代表者であった小原孝二を逮捕・勾留のうえ、刑事事犯として強制捜査し、本件公訴提起がなされたということは、他に例をみないところである。本件が捜査当局において、前述のような他の目的のために強引に捜査を遂行したものとしか考えられない所以である。

右のとおり、小原孝二の検察官に対する供述調書四通は強制、脅迫による自白であり、また不当に長く拘禁された後の自白でもあり、少くとも任意にされたものでない疑いのある自由であることが明らかであるから刑事訴訟法三一九条一項により証拠とすることができないものである。

四、右の供述調書四通について、任意性を肯認すべき証拠は何ひとつなく、従って任意性が全くないのにかかわらず、原審はこれに関する判断を一顧だに示さずして右四通の供述調書を証拠として採用し、これを事実認定の最も重要な証拠としたことは明らかに訴訟手続に法令の違反があるべく旦つその違反が、判決に影響を及ぼすことも明らかというべきであって、原判決は破棄を免れない。

第二、事実誤認

原判決は「…小原孝二は被告人会社の業務に関し法人税を免れようと企て、同会社所有株式の売却により売却益があったのに右売却益を計上せず、売却代金を仮受金として処理する等の不正な方法により所得を秘匿し…」と認定している。そして、右認定部分こそ、本件の最も重要な基本的事実であるということはいうまでもないが、原審はこの点において事実を以下のとおり根本的に誤認している。

以下順次、説明する。

一、株式売買価額について

(1) 本件で問題とされているのは、被告人会社が売却した近江絹糸株式会社の株式二〇〇万株である。

ところで、昭和四二年七月ごろ、当時日本レーヨン株式会社としては紡績に関する営業政策として、近江絹糸の安定株主となることが必要であるとの見地のもとに、そのころ近江絹糸の株式につき、紀井産業株式式会社所有の四〇〇万株と被告人会社所有の二〇〇万株合計六〇〇万株を是非取得したいとの方針が決定された。そこで、日本レーヨンは先ず右紀井産業と交渉し、昭和四二年一一月一日四〇〇万株を一株七二円で買取った。次いで、被告人会社に対し、日本レーヨンは副社長増山成夫、財務部長三木一郎が担当者として被告会社の社長であった小原孝二と前記二〇〇万株の買取の交渉を重ねた。その交渉経過と結果について証人増山成夫は次のとおり証言している。

「弁護人

あくまで契約としては二つになるわけですね。

二つになるわけです。それはそうです。

一方は株の売買契約、一方は広告契約ということで契約は二本立になるわけですね。

そうです。これは禀議書というものがありまして株の買取価格は七五円ということで社内で重役会でも認めているわけです。あとの二〇円は広告代だと、

全部社内的な処理としては対外的にもきっちりそういうことで処理されてるわけでしょう。

そうです。

検察官

検察官が尋問したことに対する答と、弁護人が尋問したことに対する答が、聞きようによってはどちらともとれるような答になるんで、もう一度念を押しますが、二〇〇万株九五円で買ったということは間違いないんですか。

株の値段の交渉の過程で非常にもめまして、こちらは七五円から一歩も出ない、と言ったんです。

向うは一〇〇円以上だと言ったんです。それで年末に及んでどないもならなかったわけです。これは、やめないかんなというところまで来てたんですが、しかし四〇〇万株あるから、もうあと二〇〇万株どうしてもほしいと、小原さんのほうも早くけりつけたいというところがあったようですから、結局それじゃ九五円で手を打とう。ということになったわけです。それで、その後日、株の値段は七五円で広告が二〇円だと、こういうことになったわけです。

株を九五円で買うということにしたのであれば有価証券売買約定書というものを一本作って、その単価を九五円とすればいいはずであるのに、それにもかかわらず広告契約書というようなものが形式上くっついておるので、そこのところの話が少し分りにくいんですよ。

これは、あの当時のことを思い出すんですけれども、私はあくまでも七五円でがんばっておって折合いがつかず、小原さんのほうも私のほうの会社側に対して気の毒だという気もあったようです。それじゃこれは広告でいきましょうというような話合いがあったふうにも思うんですけれども、その辺のところ、記憶がどうもしっかりしないんです。

株も九五円で買って、契約書の形式はこんな形にしたというふうに理解してよろしいんですか。

それはそうじゃないです。現実に広告しているんですから。

株を九五円で買ったということも分かりにくいんですね。

その当時、新日本新聞、ラジオ新聞なんかの発行部数はなんぼだ、宣伝力はどれくらいある、効果はどれぐらいあるじゃないか、というようなことをその当時調べたものです。それで、まあ、二〇ケ月四〇〇〇万円というのはいささか高いな、ということになったんですけれども、まあ、これはええわい、ということで四〇〇〇万円を広告でいこうというようなことになったと思っているんですが…。

前に検事に調べを受けた時にあなたが話した趣旨を言いますと、株を九五円で買ったんだが、小原からの申入れによって、こういう広告というような形式の契約にしたんだと、あくまでも広告契約というのは名目だという趣旨のことを話されているので、今日ここでお話になることと、前に検事に話したところが要点によって違いますので、どうだろうかなということでくどいようですが、確かめてるんですよ。

広告料四〇〇〇万円に相当するだけの値打はないなという意識はあったんですが、それでそういうふうに検事がそう誘導されたのでそうですといったんだと思いますけれどもね。

広告料で四〇〇〇万円の値打はない、ということを言っていますね。

そうだろうと思います。それは発行部数もそんなに大きくないし、それくらいのことは考えてあったんですけれども、

広告料で四〇〇〇万円の値打はないということは、事実なんでしょう。

少々、高い広告料だなというふうに考えておったことは事実です。

…………

弁護人

だから、株価としてはやはり七五円で、あとの分は高い宣伝費を払わされたと、そういうふうにお考えになっているということですか。

そうです。それが本当だと思いますな。

先程、今から冷静に考えてみると間違いだったという意味の証言をなさいましたが、それが、今おっしゃったような意味が本当のことだという意味なんでございますね。

そうです。

…………

裁判官

それまでにあなたのほうで、代表者社長に、株価は七五円で広告料四〇〇〇万円払うことになった、というような報告はされたことあるんですか。

それは勿論何遍もやってるわけです。

代表者との話合いはしておられたわけですね。

はい。

更に証人三木一郎は次のように証言している。

「検察官

小原はどういうふうに云ったわけですか。

こちら側はとにかく一〇〇円を切ってもっとまけてくれな困ると云った時に、小原さんが、それじゃ株価は七五円ということにしましょう。その代りに自分のやっておる二つの新聞に広告代として二〇〇〇万円づつ四〇〇〇万円を払ってくれるか、ということだったんで、私のほうとしては、七五円だったら、前に七二円で買ったのともつり合いが取れるしいいなと思ってその話に乗ったわけです。

…………

弁護人

大体交渉について新日本不動産からは七五円位までで買おうというような話は、内部的には相談されたことがあるんですね。

なるべく、七二円に近い所で買いたい、ということは話しております。

これは紀井産業から七二円で買ったからそれとあまり開くと紀井産業に対する関係でもよくないということが、一つの理由になってたんでしょうか。

それもありました。

ほとんど同じ時期ですからね。

そうです。

その他に、株主対策上の問題もあったんじゃないでしょうか。

株主対策ということでもありませんけれども、やはり会社の経営者として、そうあまり高いものは買いたくなかった、ということもありました。

同じ時期であれば、あまり開いた値段では買いたくなかった。

はい。

そして、とにかく小原との交渉で、まけてくれということで交渉されて、結局、最終的に、株は七五円、その代り、別に、新日本新聞と、ラジオ日本新聞について、広告してくれ、という話が出たわけですね。

そうです。

広告については、はっきりした契約がありますね。

あります。

その契約の通り、広告は新日本新聞なり、ラジオ日本新聞のほうで広告が掲載されてますね。

されました。

くどいようですけれども、前回もそうおっしゃってるんですが、あくまで株価は七五円、そして二〇〇〇万円づつ、合計四〇〇〇万円が二つの新聞に出された広告料として支払われたというふうにうかがってよろしいですか。

形の上では、そういうことです。形の上では、と申しますのは、事の起こりが、やはり株式の問題から起こったことで、もしも、株式の問題がなければ、それだけの広告は、してなかったと思います。だから、事の起こりはそうであるけれども、形の上では、株価は七五円、広告は二〇〇〇万円づつ四〇〇〇万円ということで、会社の内部的にもそういう処理を当時いたしました。

形の上では、とおっしゃったですけれども、勿論広告料の四〇〇〇万の話の出たきっかけは、この株の売買の交渉からでたけれども、結論的には、形の上だけではなくて実質的にも広告料として支払われたんじゃないですか。

実質的にと言いますか、会社の経理処理上も、株価は七五円、あとは広告代として経理処理はいたしました。

(2) 以上の証人増山成夫、同三木一郎の各証言、禀議書(符一三二六号)、株式売買契約書、広告掲載に関する新日本新聞とラジオテレビニッポンに対する契約書、証人住友房子同狭間栄裕の各証言ならびに弁護人提出のラジオテレビニッポンの昭和四三年四月から、新日本新聞の同年六月から各二〇ケ月分の各新聞紙等を綜合すると次のような事実を認めることができる。

即ち、前述のような事情からして日本レーヨンとしては新日本不動産が所有する近江絹糸の本件二〇〇万株をどうしても取得したいとのことから、増山副社長、三木財務部長が、小原社長と、この二〇〇万株の売買交渉に当ったが、小原社長は一株一〇〇円以上でないと売れないと主張し、日本レーヨン側は七五円以下でないと買えないと主張して相譲らなかった。殊に日本レーヨン側は、そのころ、紀井産業から近江絹糸の四〇〇万株を一株七二円で買取ったこと、それとの比較から株主総会に対する対策や営業政策上からも、新日本不動産から本件株式を右七二円の単価よりも余りに離れた高値で買取るわけには行かないとの判断があり、本件株式売買交渉が行詰った状態になったところ、更に交渉の結果、本件株式の売買単価を七五円にすることとし、その交換条件として、新日本新聞、ラジオテレビ日本にそれぞれ代金二〇〇〇万円づつの広告を掲載することで結着がついたのである。そして、本件株式の取引については単価七五円で売買契約がなされ、また、広告の掲載については、ラジオテレビ新聞は、昭和四三年四月から、新日本新聞は同年六月から毎月一〇〇万円宛二〇ケ月を夫々広告する旨の広告契約を締結した。

(3) この点について、原判決は右二〇〇万株の売買価格は一株単価九五円合計一億九〇〇〇万円であって、一株七五円でその代金合計一億五、〇〇〇万円とする契約ならびに新日本新聞とラジオテレビニッポンに対する合計四、〇〇〇万円の広告掲載契約は内容虚偽の契約であり、右四、〇〇〇万円は実質は株式売買代金を広告料名目に仮装したものである旨判示している。

(4) 原判決の右認定の重要な証拠として引用されている小原孝二の検察官に対する供述調書四通、増山成夫の検察官に対する供述調書二通はいずれも疑問がある。

小原孝二の検察官に対する供述調書が証拠能力を欠き、これを採用した原審手続が法令違反であることは既に述べたとおりである。仮にそうでないとしても前述のとおり作成状況からして到底信用性がないことは明らかである。

また増山成夫の検察官に対する供述調書について、証人増山成夫は検察官による取調状況を次のとおり証言している。

「検察官

今日ここでお話になることと、前に検事に話したところが要点においてくい違いますので、どうだろうかなということで、くどいようですが、確めているんですよ。

広告料四〇〇〇万円に相当するだけの値打はないなという意識はあったんですが、それでそういうふうに検事がそう誘導されたので、そうですと云ったんだと思いますけれどもね。

…………

当時のなかなか検察官のおっしゃることもきつかったんで、早うすまして帰りたいという一心でしたね。

更に増山は検事から調べを受けるということは初めての経験であったこと、東京まで三回も呼び出されたこと、冷静に考えてみると、検事調べで述べたことは間違っていたこと、などを述べていることからみて、増山成夫の検察官調書は全く信用性がないことは明らかである。

(5) しかも、原審の右認定は、本件取引の実体を理解しないものといわなければならない。前述のとおり、本件株式について単価七五円の売買契約と新日本新聞、ラジオテレビニッポンに対する各二、〇〇〇万円宛の広告掲載契約は、一方では株式の取引について日本レーヨンの主張を容れる代りにその交換条件として他方高額の広告掲載の取引が成立したものであって、かような取引の方法は現実の取引ではしばしば行われていることは周知の事実である。そして右株式売買契約と広告掲載契約はもとより実質的に別個の契約であり、従って、対内的にも対外的にも別個のものとして経理上の処理がされているのである。これに伴う被告人会社の経理上の処理が決して違法でないことは証人高田正康の証言を徴するまでもないところである。原判決認定のように、「本件広告料としての四、〇〇〇万円が広告料名目に仮装したものである」とするならば、日本レーヨンが本件広告掲載契約にあたって、わざわざ新日本新聞、ラジオテレビニッポンの両新聞紙につき事前にその広告掲載の効果を調査する必要もなかったし、また、右両新聞社の側でも契約どおりの広告掲載を几帳面に履行する必要もなかったであろう。原審は弁護人が提出したとおりのラジオテレビニッポンにつき昭和四三年四月から、新日本新聞につき同年六月から各二〇ケ月分の新聞紙に掲載された広告を無一文の紙屑だとでもいうのだろうか。言語道断といわなければならない。

二、利益計上の時期について

本件株式売買による利益の計上を昭和四三年四月期にしなかったことは違法ではない。

本件株式売買契約が一応昭和四三年二月二三日付でなされたことは事実である。ところが、本件売買契約は配当金付売買契約であったところ、近江絹糸の決算期が四月であったため、右の契約当時はなお配当金につき未確定であったため、これを後日に留保し、結局右配当金の授受は同年八月になされて、本件売買契約は完了したのである。ところで、被告人会社の決算期もまた四月であったため、株式そのものの授受ならびにその代金の支払と、配当金の支払とが、決算期にまたがって行われたため、本件配当金付株式売買契約は配当金支払の時期をもって完了したものとして昭和四三年四月期には右株式そのものの代金の受領を、仮受として処理し、次年度に申告することとなったものである。かような場合、証人高田正康の証言にもあるとおり配当金付株式売買契約にあっては、株式そのものの売買代金の支払と、配当金の支払とを一体とみて、配当金支払の時期に売買契約が完了したものとして計理処理することは税法上必ずしも違法ではないといわねばならない。従って被告人会社が株式そのものの、代金の受領についてこれを昭和四三年四月期に仮受として処理したことは違法でない。

三、青色申告取消処分の取消

(1) 被告人会社は本件公訴事実にもあるように、昭和四二年五月一日から昭和四三年四月三〇日までの事業年度(二〇期)分。法人税の確定申告に、欠損金額を一四、三〇九、〇九〇円と記載して申告したところ、所轄淀川税務署は、昭和四三年一一月三〇日付で二〇期分以後の法人税の青色申告の承認の取消処分ならびに二〇期分の所得金額を七三、〇二二、〇七五円、納付すべき税額を二七、三七九、二〇〇円とする更正処分及び重加算税の額を八、二一三、七〇〇円とする賦課決定処分をした。これに対して、被告人会社は右淀川税務署の処分を不服としてその全部の取消を求める審査請求をした。

(2) ところで、大淀税務署は、法人税の青色申告承認取消処分取消通知書のとおり被告人会社に対する法人税青色申告取消処分が違法であることを認め、昭和四九年一一月一四日付で右取消処分を取消した。次いで、大阪国税不服審判所は昭和四九年一二月二五日付裁決をもって、前述の審査請求を理由のあるものと認め、青色申告取消処分は既に取消されているので、その余の請求につき、淀川税務署がした更正処分並びに重加算税賦課決定処分の全部を取消した。同審判所が、原処分を取消した理由は、その裁決書に詳細に示されているとおりであるが、要するに青色申告承認の取消処分が取消された以上、これを前提とした原処分は、すべて違法に帰するというにある。

かようにして、本件訴因で問題となっている被告人会社がした第二〇期分の確定申告手続が、国税庁によって是認され、これに伴い、更正決定処分ならびに賦課決定処分に基いて被告人会社が納税した金額の返還提供した担保の解除、差押の解除等のすべて元通りに回復されることとなった。

被告人会社のした二〇期分の確定申告が、是認された以上、本件起訴は理由がないことに帰し、無罪であることが明らかであるというべきである。

第三、結論

以上のとおりであるから、原判決破棄のうえ、被告人に対し無罪の判決をされたい。

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